DRIFTING ON THE NAKAGAWA
 今年は5月2日〜6日まで5連休のゴールデンウイーク。もちろん,つっぺり隊はすべて西伊豆で野良キャンプだ。1日真夜中に真っ先にキャンプインしたのが,kei50隊員と久しぶりのアウトドアになる無謀松隊員。しかし,いつもベースキャンプ地となる浮島海岸の東屋には既に先客が。しかし,声をかけてみると,昨年ここで知り合ったアウトドアライダーの陽ちゃんだったので,一緒に前夜祭で盛り上がる。この時点で,陽ちゃんはもはやつっぺり隊のペースに引き込まれていたのだが,結局,彼は最後には新入隊員となるのである。
 2日にはえぢそん隊員父子,ダメ外人Poul&fifi夫妻,ぞの隊員父娘,隊長が到着する。
 3日は朝から海がべた凪であった。ダメ外人夫妻とギックリ腰のkei50隊員を留守番に置いて田子方面に洞窟巡りに船を漕ぎ出す。えぢそん隊員はダッキーに三脚でビデオを乗せ動画撮影をしながら漕ぎ出す。ちょうど干潮でほとんどの洞窟が顔を出しており,ゆっくりと洞窟探検を楽しむことができた。
 田子湾の遠方には富士山の姿を見ることができた。この眺めは海に出なければ見ることができない。そのまま,灯台のある無人島に上陸する。
 上陸後,無人の灯台に昇る。しかし,梯子はかかっておらず,普通は昇ることができない。危険防止のため昇るなということだろう。ぞのジュニアは泣く泣くあきらめる。
 しかし,あきらめきれない大人が若干1名何とか昇ろうとあちこちに足をかけたりぶら下がったりともがく,こちらも断念。ちゃんとした大人はあきらめが肝心なのだよ,陽ちゃん。それでも十分景色は堪能できた。
 えぢそんジュニアはその後タイドプールで無謀松隊員とライフジャケットで浮く練習をするが,水が大の苦手な彼はここでも「殺される」を連発する。えじそんジュニアにとっては大冒険だったのだろう。いい経験をした彼は,きっと立派なつっぺりキッズに育っていくことだろう。
 浮島海岸に戻る途中で泳いで向かってくるPaulに出会う。まるで海のスパイダーマンのようだ。彼はそのまま田子まで泳いでいってしまった。菜食主義で肉はほとんど食べないのに,どこにこんなパワーがあるのだろう。アメイジングダメ外人だ。
   午後は天窓洞に船で行く予定だったのだが,次第に風が出てきて,沖にもウサギが跳び始めたためみんながまったりとしている中,船出したグループがあった。無謀松隊員とぞの隊員と陽ちゃんの無謀松一味である。ぞの隊員と陽ちゃんのタンデム艇は湾から出た時点で,この強風と荒波の中では無理とすぐに引き返してきたのだが,無謀松隊員だけは堂ヶ島方面に向かって一人旅立っていった。
 いつものことではあるが,やっぱり無謀である。ワシらは彼はきっと生きて帰ってこないだろう。海上保安庁に連絡した方がいいんじゃないかと相談していたのだが,「ただいま」という元気な声でひょっこりと戻ってくる。
「なんだ,死んだと思っていたのに」というみんなの野次に対して
「ノープロブレム」と全く意に介する気配さえない無謀松隊員。いやはやまったく。
  夕方になり,ビール艦長が到着。松崎まで買い出しに出かけ,町営温泉の「しおさいの湯」で潮を落とし,焚き火宴会に突入する。
 4日は,明け方にアクア秋本が到着。10時頃にはゴステロ隊員一家も到着。
 しかし,天気は崩れ気味で,風も出てくる。ゴステロファミリーは湾内でカヌーを楽しむが,それでも見送る母の後ろ姿は心配げだ。まあ,何度も娘を乗せてひどい目に遭わせている父の罪状からして心配するのは当然だろう。
 この日は,湾内で漕ぐ者,ツーリングに出る者,昼寝をする者と各自で楽しむ。
 隊長,kei50,無謀松隊員で仁科港に釣りに出かける。念仏鯛が数匹釣れるが放流する。まあ,釣りの気分を味わえればいいのだ。しかし,隊長だけが坊主。隊長はここ1年全く釣れておらず,これで4回連続の坊主である。

 昼食は漁港の飯屋で魚を食べようと,満員の仁科漁港の飯屋を避けて,田子港のさなかや食堂に入る。しかし,メニューには魚の文字がない。すると,食堂の女将さんが
「ここは地元ではさかなのメニューがないさなかや食堂として有名なんですよ」と驚くべき事を笑顔でのたまう。
何でも,ダイバーとか釣り客がほとんどなので,さかなの注文がないのだそうだ。
うーむ。だったら,店の名前を変えた方がいいと思うのだがと,不本意に思いながらワシは肉野菜炒め定食を食す。
 午後から天気が崩れるというので,今年も昨年と同じにブルーシートを東屋にかけて天幕を作る。
 その後,無謀松隊員情報で石部温泉に無料の混浴露天風呂があるというので,野郎5人で隊長号乗り込み出かける。荷物と一緒に後部シートに乗り込んだので,まるで囚人護送車だ。
 付いた場所は松崎の南で,名は平六地蔵露天風呂という。だいぶ整備されており,立派な更衣室も作られていた。しかし,このバカ男たちは,風呂に誰もいないのをいいことに,その場で素っ裸になり風呂に飛び込む。
 すると,更衣室からこれまた裸の女性2人と男性1人が風呂に入ってきた。どうやら,更衣室で服を脱いでいる間にバカ男達が風呂に入ってしまったために,今更後には引けずそのまま入浴してきたと思われる。しかし,どんな関係の男女3人なのか謎であった。
 
 風呂から戻るのを待っていたように雨が降り出す。しかし,備えはばっちりである。雨のキャンプも楽しいものである。他のキャンパーは全て撤収してしまい,つっぺり隊以外誰もいない海岸で,思う存分焚き火宴会を夜更けまで楽しむ。
 5日は,天候は回復したものの,風が強く,船で漕ぎ出すことは断念し,田子港へ釣りに行く。はじめこそ念仏鯛がぽろぽろとしかかからなかったが,サビキを使っている内に次第に肴が群れて集まり始め,入れ食い状態になる。餌があっという間になくなった時点で終了。それでも,30匹くらいは釣れただろうか。今夜のおかずに天ぷらにして食べることとする。 
 午後,隊長の妻が電車とバスで到着。これで全員集合である。最後に晩餐の準備をしていたときに,事件は起きた。
田子港で釣ってきた念仏鯛をアクア秋本隊員が内臓をとり,天ぷら粉の入ったビニル袋に入れてまぶし,東屋の下のテーブルに置いておいたのを,鳶が袋ごとかっさらっていってしまったのだ。袋に入れておけば分からないだろうというワシらの浅知恵を鳶にまんまと見抜かれたのだ。ワシらがバカなのか,鳶が頭がいいのか。多分前者だろう。
 がっかりしていたところに,一人でツーリングに行っていた陽ちゃんが獲物を2匹ぶら下げて帰ってきた。ちょっと釣り始めたら止められなくなってしまったとのこと。早速,隊長妻が石本娘を手下にムニエルを作る。おかげで魚料理にありつける。この功績が讃えられ,陽ちゃんは第81号隊員となる。こうして,最後の晩餐も思い残すことなく怪しく更けていったのであった。
 翌日は,皆,朝早くから昼にかけて,三々五々帰路につく。5日間の野良生活であったが,疲れもなく,いつまででもここに住んでいたいという思いで一杯であった。やはり,野良は最高である。
5泊6日のまったり野良生活。何もなくても豊かな極上のキャンプを堪能したのだ! 2015.5.2〜5.6
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